「シュガー・ラッシュ:オンライン」におけるインターネット描写

いよいよ日本でも公開され、それなりにヒットはしているが賛否両論らしい「シュガー・ラッシュ:オンライン」だが、主要な舞台になっているインターネットの描写について、ツッコミをいれているレビューがあった。

theriver.jp


内容を一言でまとめると、「本作のインターネット描写はミレニアル世代にとって古臭い」ということになるだろう。
ただ、指摘している点はあまり正しくないのでは? と思える箇所がいくつもある。

ということで、ここでは上記レビューにツッコミを入れるかたちで、「シュガー・ラッシュ:オンライン」はインターネットをどのように描こうとしたのかを書いていきたい。もちろんネタバレをしているが、物語の内容は極力触れないように注意しているつもりだ。

さて、上記レビューでは、「シュガー・ラッシュ:オンライン」について以下のような批判が書かれている。

  1. インターネットへの接続描写が古臭い。Wi-Fiの発音すら知らないキャラクターたちが、「電話回線の中をキャラクターが移動していくという古代的な手法」でインターネットへ接続する様子が描かれている。出てくる企業もeBayとかで古臭い
  2. インターネットに接続しているキャラクター(アバター)が画一的で受動的である。現在のインターネットはTikTokなど「一人ひとりがコンテンツの発信者になっている」のが特徴だが、こいつらはそんなことをせず、ただ「いいね」ボタンを押しているだけだ
  3. ポップアップ広告を出している不健康そうなキャラクター(JP・スパムリー)を出して、インターネット広告を不健全なものであるように描いている。広告はインターネットの発展に関わる大事なものだし、そもそも今ではポップアップ広告は推奨されていない
  4. 最近のWebサービスを支えるのはAIだが、劇中にはそれっぽい描写は見られない。全体的にこの製作者は前近代的な思想の持ち主なので、「もしも続編か何かが実現したとして、そこでAIがフォーカスされることがあれば、きっと暴走した人工知能をラルフとヴァネロペが食い止める物語になるのではないか。」
  5. 「インターネットは確かにとても便利だけど、悪意に満ちて危険な部分もあるから気をつけたいよね」といった固定観念を製作者たちが持っている。最近は、もっとインターネットをポジティブに扱った「ワンダー 君は太陽」とか「search/サーチ」といった映画がある。こういった内容をもっと見習うべきだ

上記のような批判について、私は、それぞれ的外れだったり間違ったりしている箇所が幾つもあると思っている。

1. インターネットへの接続する際の描写について

レビュー中では、「電話回線の中をキャラクターが移動していく」とだけ皮肉っぽく書かれているが、レビュー作者が故意に無視したか、それとも気づかなかったのかはわからないが、実はインターネットに接続するマシンは、ボンダイブルーiMac(多分初代iMac)なのである。つまり、本作の舞台は下手をすると2000年よりも前の可能性がある。だからこそ、キャラクターたちは電話線を使ってインターネットへ接続するし、目指すのはeBayということになる。でも当時は果たしてWi-Fiなんてあったろうか? あったかもしれないが、そこまで一般的ではなかったはずだ。では、GMailは? Twitterも作中に出てくるが、サービスがランチされたのはいつだったっけ?

……つまり、本作の製作者は、最新のインターネットを描こうとしているわけではないということだ。ここで描写されているインターネットというのは、具体的なある瞬間を切り取ったわけではなくて、過去から現在へ至るネット社会の歴史的な発展を俯瞰しており、普遍的な内容を描いていますよ、ということを時代性がバラバラのガジェットやサービスを並べることで観客へ示しているわけだ。

それから、インターネットの衝撃というか、まったく新しい世界の誕生という感動を一番味わったのは、電話線と超低速なモデムを使っていた最初期のユーザ達であるはずで、ヴァネロペとラルフがインターネットに出会ったときの様子をそうしたノスタルジックな感情に重ねようとした意図はあるんじゃないかとは思う。

とはいえ、本作におけるインターネットは懐古趣味に満ちているわけではなくて、ちゃんと現代のトレンドを抑えているものになっていると思うけれど。

2. 「一人ひとりがコンテンツの発信者になっている」ということ

まず、最初に言っておきたいのは、これはミレニアル世代に限らず昔からずっとそうだ。
TikTokに限らず、特別な芸能人やテレビ局じゃなくてもコンテンツを発信できることこそがインターネットの特徴そのものだ。
あと、インターネット上のキャラクターが画一的な顔つきをしているはパケットを擬人化しているのであり、別にアバターを表しているわけではない。まあ、いろんなキャラクターの顔を画一的にすることでアニメーターの負担を減らしているとも言えるわけだが。

また、本作ではラルフがいろんな動画を上げて「いいね」をかき集めているわけで、まさにこれこそが「一人ひとりがコンテンツの発信者になっている」ことを象徴している。もちろんラルフ以外の人たちも動画をあげて注目を集めているシーンもあり、様々な人たちがコンテンツの発信者になっていることを明示できていると言える。

3. インターネット広告を不健全なものであるように描いていること

本作ではインターネット広告は「良い広告」と「悪い広告」があることが描かれており、広告そのものについては、バランスを保った態度をとっている。
では、広告の良し悪しは何で決まっているのだろうか。本作における広告の善悪とは、広告する対象そのものだ。
例えば、卑しい身なりのスパムリーが何を広告していたかというと、オンラインゲームアイテムの売買(要するにRMT)だ。

逆に、ラルフがアップロードした動画をみんなに広めるための広告は、決して悪いものとしては描かれていない(ちょっとうざそうな印象を受けなくもないが、まあ、現実もそういうもんですよね)。また、こうした広告のおかげで「いいね」があつまり、お金になるんだということが作中で示されているわけで、本作はインターネットにおける広告の重要さをきちんと取り込めているといえるだろう。

ポップアップ広告については……そもそもことさらポップアップ広告という感じに描写されていたっけ(冒頭であった気がするが記憶が曖昧)? あったのなら、そこは観客にわかりやすいように描こうとしただけじゃない?
ちなみに、現実世界でもモバイル上からだと動画とかのポップアップ広告がまだあって、あれはほんとどうにかしてほしいですね。

4. 最近のWebサービスを支えるのはAIだが、劇中にはそれっぽい描写は見られない

いや、劇中で出てくる「イエス」がAIそのもでしょう。なお、「イエス」が暴走する描写は本作ではまったくありませんでしたー。

5. 「インターネットは確かにとても便利だけど、悪意に満ちて危険な部分もあるから気をつけたいよね」といった固定観念

いや、固定観念じゃなくて、事実でしょう。
なお、「ワンダー 君は太陽」は未見なのでよく知らないけれど、「search/サーチ」はまさに「インターネットは確かにとても便利だけど、悪意に満ちて危険な部分もあるから気をつけたいよね」という話そのもの内容だった。


全般として、「シュガー・ラッシュ:オンライン」はインターネットを研究して巧みに作中に取り込んでおり、その描写を古臭いものとするレビュー作者こそが固定観念に凝り固まっているのではないかと思う。ネット描写としては、「レディ・プレイヤー1」よりうまくやれているのではなかろうか。

この映画の欠点はそういう古臭さにはなくて、どちらかというと、ディズニー映画の限界に関わる部分だろう。つまり、エロを初めとした猥雑な描写がほぼすっぽりと抜け落ちているところだ(あやしげな広告のなかにそれっぽいのがちょっとあった気がするが)。
ヴァネロペがハマるモーターレースは、怪しげな雰囲気を漂わしており、清く正しく美しいところだけがインターネットの良いところじゃないよtumblrどうしちゃったの? みたいな感じの製作者の主張が見えなくもない。ただ、しょせんはディズニーで、下品だったりアングラっぽさみたいな雰囲気を出すところまで行っていない。本作のインターネットはポジティブすぎるのだ。

#シュガラお題